白いクレヨンをがりがり鳴らす。
 
白い部屋に、白いベッド、白いパジャマを着た子供が、白い床の白い画用紙を覗き込んでいる。
 
世人は誤解している。地獄の入り口とは、常にこの世のどこかに開いているのだ。
 
 
 
白い空間に閉じ込められた子供は、ひたすら画用紙に見えない白色を塗りたくる。
 
精神病院か。孤児院か。
 
そこがどこであったのかは、白に侵された脳髄では、もう理解できない。
 
 
 
何十年か後に 東城 蕎麦太郎 と名乗る子供は、幼くして人間をやめていた。
 
白い地獄に繋がれた彼には、憎悪以外の感情は無い。
 
かつて部屋を訪れていた白衣の男や女も、彼が自分らの来訪のたびに
 
泣きながら自身の肉をこそぎ始めてからは、姿を見せなくなった。
 
 
 
代わりに今、部屋の中央には、ボルトで固定された三脚に載った、ビデオカメラが居座っている。
 
 
 
「ゆるされるとおもってるのかぁ。ゆるされるとおもってるのかぁ。ゆるされるとおもってるのかぁ」
 
 
 
がりがりクレヨンを削りながら、子供は開け放した口から唾液を垂らす。
 
白い粉が散乱する画用紙の上に、ぽたぽたと、赤色交じりの鼻水と共に滴った。
 
 
 
「おれをころさないといつかころしてやる。きさまらみんなころしてやる。ゆるされるとおもってるのかぁ」
 
 
 
絶え間なくクレヨンを動かしていた手が、ぴたりと止まった。
 
顔も上げない子供の正面に、何かが立っている気配。
 
大きくて、黒い、とても悪いモノが、白い地獄にぽつんと、立っていた。
 
 
 
子供は顔を床に向けたまま、白い粉のこぼれる画用紙を、それに、掲げて見せた。
 
 
 
「これはね。かみさまだよ」
 
 
「           」
 
 
「そうだね。ぼくを、まもってくれるんだよ」
 
 
 
 
 
 
 
黒いモノが、それを、彼を、恐れる様に、
 
 
悶えながら、掻き消えた。
 
 
 
 
                ◇◇◇
 
 
 
 
「見たまえ肉袋クン。嫌な物を見つけたぞ」
 
 
 
村の入り口。ただし、蕎麦先生達が入ってきた方とは真逆、シゲ達が来ただろう方角。
 
木々の合間を縫って走る山道のわきに、蕎麦先生と美耶子が屈みこむ。
 
草むらの中には、妙に滑らかな、絵図の掘り込まれた石が四つ。滅茶苦茶な向きと間隔で並んでいた。
 
 
 
「…何でしょう?意外と新しい物ですけど」
 
 
「いや、掘り込み自体はかなり古い時代に施されたものだよ。
 
 新しく見えるのは、石の上部が修復されているからだ。…別の石を継ぎ足しているんだな」
 
 
 
確かに。絵図の掘り込まれた部分からの上半分は、明らかに新しい、小奇麗な色をしている。
 
美耶子はふーん、と石の継ぎ目を撫でながら、ちらりと件の絵図を見やる。
 
 
 
 
 
四つの石には、右から順に呪いめいた、不気味な物語が連なっていた。
 
 
 
右端の石には腹の大きな妊婦らしきシルエットが、股から何かを地面に垂らしている絵図。
 
次の石には、その垂れ流したものが獣のシルエットに膨れ上がり、他の人間を襲っている絵図。
 
三番目の石には、獣が襲った人間の中に入り込み、さらに悪行を重ねている絵図。
 
 
そして最後の石では、大勢の人間が何かの草花と深皿を手に、獣をどこかへ追い払っている絵図が掘り込まれていた。
 
 
 
「最後のこのシーン。人々が手にしているのは、例の鬼灯の沈んだ深皿だろうな」
 
「何か、分かった気がします。先生、鬼灯と深皿は、中絶と堕胎……つまり、水子の象徴なんでしたよね?」
 
 
 
 
美耶子の言葉に蕎麦先生が立ち上がり、背後の樹によりかかりながら頷いた。
 
 
 
 
「つまりこうだ。この石が語る物語を推測・要約すると……
 
 まず妊婦の腹から胎児を摘出、水子にする。
 
 すると水子が何らかの悪意を持った獣に変身し、人間を襲い出す。
 
 獣は襲った人間に憑依(?)し、実体を持ってますます激しく暴れ出す。
 
 この獣を退治するためには、鬼灯と、水を張った深皿が有効である」
 
 
「獣になった水子が、つまりシドモ様ですね。
 
 …あ…もしかして、シドモ様って『子供様』って書くんじゃないですかね!」
 
 
 
地面に漢字を書いてみせる美耶子に、蕎麦先生は微妙な顔をして空を仰ぐ。
 
単なる駄洒落だが、民間信仰の神や悪霊には在り得るネーミングだ。
 
…死んだ子供『死供様』という線もあるが。今は名の由来などどうでもいい。
 
勝手に納得した美耶子がやや興奮気味に、地面から立ち上がって石群を指差した。
 
 
 
「分かりましたよ!つまり水子の怨霊が、自分を殺した大人達を祟ってるんですね!
 
 鬼灯と深皿は水子を下ろすための道具だから、怖がって近づかない!全部繋がりました!!」
 
 
「あり得ないね。そんな事は」
 
 
 
ここまで来て総てを斬って捨てる蕎麦先生に、美耶子は思わず「はっ!?」と声を上げた。
 
真上から、かなり西に傾いてきた太陽を憂いながら。
 
蕎麦先生は美耶子に、鼻を鳴らしながら講釈する。
 
 
 
「『水子の祟り』なんてものは存在しない。中絶された胎児が人間を呪うなんて事は、あり得ないんだ」
 
「なっ、何でですか?生まれる前に殺された赤ちゃんが悪霊になったっておかしくないんじゃ…」
 
「ついてないよ。物心」
 
 
 
普段オカルトな話を大真面目にするこの男が、中途半端に現実的な事を言い出した。
 
混乱しかける美耶子の麦藁帽子をおもむろに手に取り、指先で弄びながら蕎麦先生が補足する。
 
 
 
「まぁ、100%あり得ないかと言われたら困るが…それでも99%あり得ない」
 
 
「だから何でっ?」
 
 
「民俗・宗教・日本心霊史の視点から解説しよう。
 
 先ず大前提として、日本には母体内の赤ん坊が死んで悪霊に成る、という思想は無い。
 
 何故ならこの世に生まれる事無く死んだ魂は、そのまま賽の河原(親より先に死んだ子供が行く地獄)に行くか、
 
 別の生命としてすぐに生まれ変わる、と信じられて来たからだ」
 
 
 
悪霊に成って人を祟ってるヒマなんか無いんだよ。
 
そう続ける蕎麦先生が、麦藁帽子をかぶり、腕を組む。
 
 
 
「よく寺院が『水子供養』なんかをやってるが、アレも水子のための儀式じゃない。
 
 我が子を死なせてしまった親が長く苦しまぬよう、精神的に救ってやるためのイベントなんだ。
 
 だから水子供養をしてる寺は、同時に子授け祈願なんかもしてるだろう?」
 
 
「あー…前の子は天国にやったから、また元気にズッコンバッコン励みなさいって事ですかね」
 
 
 
物凄く下品で身もフタも無い台詞を吐き捨てる美耶子に、蕎麦先生は珍しく不機嫌そうな顔をする。
 
それが美耶子に対してなのか、他に対してなのかは、分からない。
 
 
 
「……だから『水子の祟り』なんて発想は日本には存在していなかったんだ。
 
 最近になってテレビで占い師や霊能力者なんかがそれを語ってるが、
 
『水子が祟りを為す』という話は、1970年代に初めて『創られた』ものなんだよ」
 
 
「おや、最近ですね」
 
 
「最近さ。勿論悪霊を含む信仰は民間から、創り出される事もあるが……
 
 この話を創った奴は民間人じゃない、言わば新宗教の聖職者だ。
 
 動機も不純、中絶経験者をビビらせて『浄霊』してやり、祈祷料を稼ぐためさ」
 
 
 
そしてマスコミ共々、現在進行形でボロ儲けしている。
 
蕎麦先生は不機嫌だった顔を余計不機嫌そうに歪め、足元の石群を再度眺めた。
 
 
 
「だからね、肉袋クン。
 
 心霊学者は…ましてこの石が彫られた時代の人間は、『水子の祟り』なんか信じちゃいないのさ。
 
 この石の語る物語は、もっと別の『怪異』の話だ」
 
 
「…でも……やっぱり水子ですよ。妊婦さんから出てくる、鬼灯と深皿を怖がる存在って」
 
 
「本当に怖がっているのかな?」
 
 
 
蕎麦先生の言葉と同時に、木々の向こうで何かが鳴いた。
 
振り返る美耶子と違い、それを全く意に介さぬ蕎麦先生が、石を訝しげに靴先で撫でる。
 
 
 
「この村の連中は、確かにこの石の物語を信じていた。だから家に、鬼灯を沈めた深皿を置いたんだ。
 
 ……なのに、彼らは村を捨てた。効果が無かったんだ」
 
 
 
シドモ様は、鬼灯と深皿では、食い止められないのだ。
 
 
 
しかし……ならば。何故こんな石が、村の入り口に遺されているのか?
 
村を襲う存在に対して、誤った撃退法を記した石が、何故目に付く場所に遺されている?
 
そして何故、村人達はそれに従ったのか…?
 
 
 
「…答えがあるとすれば……最早、可能性のある場所は一つしかない」
 
 
 
えっ、と声を上げる美耶子をほうって、蕎麦先生は再び村の中に戻ってゆく。
 
 
 
 
件のユミの消えた屋敷に向かう彼のポケットから、何かが笑う声が漏れた。
 
 
 
 
                ◇◇◇
 
 
 
 
呪符がびっしり張られた木扉の前で、流石に足踏みする美耶子。
 
彼女をはるか後方に、蕎麦先生は高い天井の隙間から光の柱がいくつも差す、
 
だだっ広い空間の真ん中に立っていた。
 
血痕の滲んだはりつけ台をビニール手袋をした手で触り調べる彼に、美耶子が情けない声をかける。
 
 
 
「先生〜!もうすぐ夕方ですよ〜!!逢魔ヶ時ですよ〜!!!」
 
 
「私に何かあったら昨日の家に帰って塩の囲いの中に逃げ込め。
 
 朝になったら山を降りて、依頼人にキャンセルを告げて、終わりにするんだ」
 
 
 
淡々と言う蕎麦先生に、美耶子はうーうーうめきながら木扉に近づいたり離れたりしている。
 
 
 
蕎麦先生は磔台を撫でたり、叩いたりしていたが。ふと足元に違和感を覚えて視線を下ろした。
 
磔台はむき出しの地面から直接生えている。一見すれば、そう見えるのだが…
 
腹ばいになり、地面を拳で叩く。土を圧迫する、何とも言えない音が返ってくる。
 
そのまま拳をドンドンと叩きつけつつ、磔台の周囲を腹ばいで回り…
 
 
 
ガン!と、磔台の裏側を叩いた拳が、金属音を上げた。
 
 
 
「禍々しいな。まったく…」
 
 
 
金属音のしたあたりの土を手で払うと、やがて、分厚い鉄の床板が顔を出した。
 
磔台の中を、床から伸びた鉄の芯が通っているのだろう。
 
鉄の床板と磔台はがっちり結合していて…
 
 
 
蕎麦先生が磔台を、正面から力任せに押し込むと、
 
ガガガ、と音を立てて床板が動いた。
 
 
 
「…シャッターですかね」
 
 
 
突然背後からした声に、蕎麦先生は思わず大きな手で美耶子の首を掴んだ。
 
ぐぇ、と声を上げる美耶子の前には、夜叉の顔をした蕎麦先生と、床板の下に隠されていた、ハシゴ階段の頭が見える。
 
 
 
「ああ、広義のシャッターだ。隠し扉だ。ところで肉袋クン、入ってくるなら入ってくると…」
 
「すいませんすいません!恐怖より好奇心が先に立って!!!!」
 
 
 
咳き込む美耶子を放すと、蕎麦先生はトランクを開け、ライトボールを取り出した。
 
ボールをシャカシャカ振って発光させるとそれを梯子の下に放り込み、さっさと降りていってしまう。
 
 
 
…ひょっとしてこの人、自分より暴力的なんじゃなかろうか。
 
美耶子は滲んだ涙が引っ込むのを待ってから、釘バットを置いて、蕎麦先生に続いた。
 
 
 
 
                ◇◇◇
 
 
 
 
磔台の下の空間は、頭上の世界よりも更に不気味な様相を呈していた。
 
土を支えるためにこさえられた壁や柱、床には、
 
屋敷の木扉に張られていたのと同じ黄ばんだ呪符が、一切の隙間なく、壁紙のように張り並べられている。
 
六畳ほどの空間には文字通り山積みにされた本と、得体の知れないゴミの山が、二つのまとまりとなって放置されていた。
 
 
 
「…な…何ですかね………これ……」
 
「『回答』だ。この村と、屋敷と……シドモ様の」
 
 
 
ライトボールをさらに四つ、両手で発光させた蕎麦先生が。
 
それらをてきとうに部屋に撒き、本の山に近づいた。
 
 
 
…部屋の中は、二人の足音以外に、常にギシギシ、ミシミシと、家鳴りとも何とも言えない音が這い回っていた。
 
それが土を支える骨組みの悲鳴なのか、それ以外の、悪いモノの気配なのか。
 
美耶子には分からないし、分かりたくもなかった。
 
蕎麦先生が本の山を撫で回すように崩し、気に入った本を手にしては次々と、速読じみた効率で読み捨ててゆく。
 
 
 
「うん、うん………つまりだな肉袋クン。この村の連中は、かなり以前から『呪い』を糧にして生きてきたわけだ」
 
 
「書いてあるんですか?その…本に」
 
 
「ここに在るのは呪いの手法を記し、かつ試行錯誤の末に『進歩』させた実験の記録。
 
 そしてその呪いが獲得した『財産』と、行使した者の、懺悔の手記といったところか」
 
 
 
美耶子が蕎麦先生に近づき、本を覗き込む。
 
バラバラと凄まじい速度で捲られるそれに、何も読み取る事が出来ない。
 
 
 
「ちゃんと話して上げるから聞いてなさい。
 
 つまりだね、シドモ様の正体は、賽の河原へも輪廻の環にも入れなかった、
 
『捕らえられた水子の憎悪』なのだ、と書いてある」
 
 
「捕らえられた……?えっ?」
 
 
「言ったろう。水子供養をする者は同時に、子授け祈願も請け負うものだと」
 
 
 
パン、と本を両手で閉じ、蕎麦先生が目を満月のように見開く。
 
みちみち音を立てるまぶたから、血の臭いが美耶子の顔に届いた。
 
 
 
「この村はね、はるか以前、江戸時代にこの地に定住した僧職崩れの一派の子孫が作ったものらしい。
 
 かつて西行法師という歌人が鬼の法をもって屍を蘇生させ、山中に放置したというが…
 
 この村の連中もまた、それに似た外法を伝えていたようだ」
 
 
「死体を、蘇らせる………ゾ、ゾンビですか?」
 
 
「ここの連中が作る怪異はもっとタチが悪い。
 
 元々、望まれぬ生を受けた胎児を処分してくれる『子潰し村』として外部から妊婦を招いていたが、
 
 この村の人間は胎児を医学的に摘出、堕胎した後…
 
 預かった胎児とへその緒を塩漬けにして、犬猫に喰わせていたらしい」
 
 
 
 
 
 
ぐ、と美耶子の喉が空気を詰まらせる。
 
何故、何故、そんな事を……
 
目で問う美耶子に、蕎麦先生は今度はゴミの山を漁りながら続ける。
 
 
 
「一人の胎児を一匹の獣に喰わせる。それを何度も繰り返し、奴らは犬猫をこの屋敷で飼い、増やした。
 
 ある程度の数がそろうと、今度はこの村はどんな種無し、生めず女の間にも子を授ける『子授け村』として評判になる」
 
 
「何でですか!?子潰し村でしょ!!?」
 
 
「僧職崩れ達が町に出て子授けの祈祷を行い、次々に子宝を授けてきたからさ。
 
 だが御察しの通り、この子授け祈願は真っ当な神仏への祈りではない。
 
 村人達は依頼があると、胎児を喰った犬猫を上の磔台に縛りつけ、首を落とし、ハラワタを取り出した。
 
 胎児が消化されたハラワタを掻き集め、すり潰し。甘い蜜に混ぜ……子を望む女に、飲ませるんだ」
 
 
 
部屋が、ぎじりぎじりと、一際大きな悲鳴を上げた。
 
蕎麦先生は石くれや木クズを掻き出しながら、何かを唾棄するように、さらに言葉を紡ぐ。
 
 
 
「女はそれから十ヵ月後、見事に望んだ赤子を出産する。
 
 …つまりだ、これらの手続きは殺した水子の霊魂を獣に喰わせ、貯蔵して、
 
 必要な時に取り出し、母体に宿す。
 
 人工的な『輪廻転生』の儀式なのだよ。母体から生まれてくるのは、殺された水子の魂を持った赤ん坊だ」
 
 
「………!あの石の絵って、もしかして…!」
 
 
「そう、一つ目の石に描かれていたのは、水子を流した妊婦の絵。
 
 二つ目の石に描かれていた、人を襲う獣の絵は、胎児を喰った犬猫を指している。」
 
 
 
そして三つ目の石では、他の人間に宿った獣が、悪行の限りを尽くす絵……
 
美耶子は沸きあがる怖気に肩を抱きながら、怒鳴るように訊く。
 
 
 
「水子の魂を授けられた赤ん坊が、成長したら人を襲うんですか!?」
 
 
「違う。獣の魂を授けられた赤ん坊が、だ。
 
 気付かないか?この手続きは水子の魂を獣に喰わせ、さらに母親に喰わせるんだ。
 
 母親が喰うのは、水子の魂を孕んだ獣のハラワタ……
 
 ならば獣自身の魂はどこへ行った?ハラワタに宿っているのは、本当に水子の魂『だけ』か?」
 
 
 
 
―――獣の魂が、生まれてくる赤ん坊に宿るかも知れないんだ。
 
蕎麦先生が、青ざめる美耶子の顔を、指差す。
 
爪の伸びた人差し指が、細かく、怒りに震えていた。
 
 
 
「輪廻転生、子授け、総ては神仏の領域であり、人間が直接行っていいものではない。
 
 人間が生命を支配しようとした時……必ず、必ずどこかで、ほころびが生じる」
 
 
「この村の人達は……水子の魂をやり取りする事で、生活していた………
 
 そうか…この村の食べ物や、物資は、その時世話した人達が用意してたんだ…」
 
 
「いわゆる『檀家』のリストも在ったよ…物凄い人数だ。百や千の家じゃ足りん。
 
 しかも財界の大物まで、何人か名前が載ってる」
 
 
 
これじゃあ喰うに困らんわけだ。
 
家鳴りが、さらに大きく、断続的に、二人に降ってくる。
 
蕎麦先生はその音を振り払うように頭を振り、石の盆のようになった目をぱちり、と閉じた。
 
 
 
「…つまりだ、三つ目の石の絵は水子ではなく、獣の魂を持って生まれてしまった赤ん坊を描いている。
 
 そいつはある時期を境に人間である事をやめ、人を襲うのだ。
 
 成長してからかもしれないし……生まれた瞬間かも、知れない」
 
 
「それがシドモ様?四つ目の石では、鬼灯と深皿でシドモ様を追い払っていました」
 
 
「ああ。そこなんだがね、肉袋クン……
 
 何故四つ目の石には、誤ったシドモ様の撃退法が描かれていたか。だが…」
 
 
 
蕎麦先生が、両手を美耶子に向けて伸ばした。
 
その手には、土と埃にまみれた、四つの石くれが乗っている。
 
石の表面には、何か、かすれた文字が掘り込まれているようだった。
 
 
 
「……何ですか……」
 
 
「あの石の失われた上半分だ。
 
 ほら、絵が掘り込まれた石には、継ぎ目があったろう?
 
 絵を掘った部分だけ古くて、そこから上が新しい何も書いてない継ぎ石だった……
 
 
 
 あの部分には本来文字が彫ってあったんだ。絵を解説する、文字がな」
 
 
 
読めるか?と訊く蕎麦先生に、美耶子は目を近づけ、うなる。
 
古い字体で、しかも傷が多く、素人には解読できない。
 
 
 
その様子を見た蕎麦先生が、四つの石の文字を一つ一つ、飲み込むように読み上げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「潰した子らが、獣に成り代わり世に生まれる。これをシドモ様と言う」
 
 
 
「シドモ様は人を喰らい、あたん(復讐)を為す」
 
 
 
「この時人々に、シドモ様の因果たる、水子を下ろす法具、鬼灯の根と水を満たした盆を持たせる事で」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「それに激昂したシドモ様が彼らを優先的に襲い」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「 生 く る べ き 人 間 が 、 無 事 、 逃 げ 延 び る 事 が 出 来 よ う 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 

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